日本から南へ約3,200㌔。第二次世界大戦の大激戦地であったペリリュー島があるパラオ共和国。日本軍戦死者は1万人を超え生還できたのは34名、米軍死傷者も1万人超えといいます。北海道議会では友好親善関係の促進へ向けて、2025年に北海道議会パラオ懇話会を設立。現在も戦後の遺骨収集が続く南の島へ慰霊の旅に出ました。
慰霊祭―西太平洋戦没者の碑にて
1985年3月、ペリリュー島最南端に、海に面して慰霊碑が建立されました。
儀礼は北海道神宮、北見神宮の宮司お二人により執り行われました。慰霊碑までの道中、当時米軍が最初に上陸し、激戦による兵士の血と夕日に染まった様子から〝オレンジビーチ〞と呼ばれる海岸などを通ってきた事もあり祖国に帰れなかった無念を思いご冥福を祈りました。

鳥のさえずりと多彩な植物、自然豊かな島からなる常夏の国ペリリュー島内は
街を少し外れると今でも戦時中の遺構があちこちにみられるパラオ共和国ですが、一方で世界屈指のダイビングスポットで有名です。戦後は米国の統治下に置かれ、1994年に独立後は日本のODAによる支援が行われています。
パラオ国立病院を視察し、将来の夢を語る高校生、在パラオ日本大使、大統領に表敬訪問もできました。

